ZigBeeとセンサネットワーク

家庭やオフィスなどでセンサネットワークを実現する技術としてZigBee(ジグビー)が急浮上してきました。
ミツバチがマイコンを結ぶ。ユビキタスの最短距離にあるZigBeeとは。

ユビキタスの実現にはアドホック通信環境が必須

言われ始めてからだいぶ時間が経っていながら、今ひとつ実感に乏しい、そんなコトバのひとつに「ユビキタス」があります。簡単に言うと、ユビキタスとは、<身の回りの様々な器具にマイコンと通信機能が組み込まれ、どこでも、いつでも働いていて、私たちはそれを意識することなく利用している>といった状態(コンピュータの利用形態)のことです。

図1:ユビキタスとアドホック接続

図1:ユビキタスとアドホック接続

ところで、身の回りの無数のモノがいつでもどこでも通信し合うにはネットワークにアドホックな機能が求められます。アドホックとは元々「取って付けた」という意味ですが、ネットワークでは「自律分散型(の無線ネットワーク)」という意味で使われます。一般のコンピュータネットワークや電話網などでは、アクセスポイントや交換機・基地局など、各端末を受け入れ統制する専用機能を持ったアイテムが存在します。そして端末からの通信ルートは固定されています。しかしながら、ユビキタスでは、いつ、何が、どこに配置されるのか分かりませんし、時間と共に状態は変わります。したがって、通信ルートが固定されていたのではうまくありません。各所に分散して存在する端末同士が、その場所と時に応じて自ら通信ネットワークを形成し、状態に応じて自在に組み替えできる自律性を持つ必要があるわけです。

アドホックは、それぞれの端末(ノード)がデータ中継することでネットワークを構成する一時的なネットワーク機能です。各ノードはデータ中継機能を持ち、送り手から受け手まで複数のノードを経由(マルチホップ)して情報/データを伝達します<図1>。 また、自律分散型にするというのはネットワークのトポロジ(形態)の問題ですが、自在に(しかも意識することなく)つながり合うには、有線ではなく無線接続の方が適しています。そうなると、周波数は?変調方式は?といった通信技術上の問題もクリアしなければなりません。

センシングと制御はユビキタスの前提

ユビキタスではいつでもどこにでも通信機能を持ったコンピュータが存在します。では、それら自体はいったい何をするためにあるのでしょうか。そのひとつの答えがセンシングと制御です。

例えば家庭やオフィス、工場などでは防災や防犯のためのセンサやスイッチが各所に必要です。物流や医療などにおいても移動する多数の人や物を監視・追尾できれば便利です。温度や照明などを管理・制御するには多数のセンサやスイッチが必要です。これらは従来型のネットワークと通信の技術で結ぶこともできますが、効率的とは言えません。その場合、もし各所に分散した器具がアドホックな機能を持つならば、ユビキタスを実現できます。それがセンサネットワークです。

つまり、センサネットワークは家庭や工場などでユビキタスを実現する上でのひとつの前提となる技術です。FA(ファクトリオートメーション)やBA(ビル管理)などの大規模制御システムではフィールド機器と呼ばれる各種のセンサやモータ、バルブなどが多数配置され検出と制御が行われています。これらの分野では各種の従来型フィールドネットワークが採用されていますが、アドホック機能を持つセンサネットワークにも大きな期待が寄せられています。

数ある中でZigBeeが急浮上

センサネットワークは「どこでも・だれもが」使うものなので、方式の規格化とオープン化は必須です。実際、いくつもの規格が提唱され実用化を目指しています。

例えばBluetoothはポータブル機器やカーエレクトロニクスなどマルチメディア系での実装が始まっていますが、センサネットワークとしても利用できます。また、電力線通信(PLC)などは無線ではないものの家庭やオフィス内におけるセンサネットワークを目指したものです。短距離の通信方式であるUWBはセンサネットワークに適していますし、リモコンなどで使われているIrDA(赤外線通信)も仲間に入れて良いかもしれません。

図2:ZigBeeのトポロジー

図2:ZigBeeのトポロジー

こうした中で最有力なのは「ZigBee(ジグビー)」だと言われています。ZigBeeの仕様はZigBee Allianceが策定しており、国内ではZigBee SIGジャパンも組織されています。ちなみにZigBeeの名は、ジグザグ(zigzag)に動くミツバチ(bee)に由来し、アドホックを強く意識したものになっています(注1)。

ZigBeeは初めからセンサネットワークにフォーカスして考えられた技術です。そのため、ネットワークのトポロジーもスター、クラスタツリーと、メッシュの3種に対応します<図2>。各端末の機能は、ネットワーク形成を管理するコーディネータ、データの受け渡しをするルータ、そしてエンドデバイスと呼ぶローコストな単機能端末に分けられます。

(注1)ZigBeeは、Koninklijke Philips Electronics N.V.の商標

センサネットワークにフォーカスした低消費電力性能

図3:ZigBeeのレイヤー構造

図3:ZigBeeのレイヤー構造デジタルオシロスコープの信号取り込み範囲

ZigBeeのデータの構造は、低層の通信を司る部分、中層のZigBee Allianceで規定される部分、そしてユーザが利用する上層のアプリケーションの三つに分けられます<図3>。

ZigBeeでは物理層(PHY)とMAC層にIEEE802.15.4aの規格を採用しています。IEEE802.15.4はWPAN(Wireless Personal Area Network)の規格として策定された規格です(注2)。使用周波数は800MHz帯と900MHz帯それに2400MHzのISM帯が想定されています。日本の場合は800/900MHz帯は許可されないのでBluetoothや無線LANと同じ2400MHz帯を利用することになります。

図4:IEEE802の各通信方式と守備範囲

図4:IEEE802の各通信方式と守備範囲デジタルオシロスコープの信号取り込み範囲

IEEE802.15.4が他と異なるのは、短距離の低速データ通信専用であることです<図4>。実際、データの転送速度は最大250kbps(注3)、伝送距離は屋内で約数十m程度です。ちなみに一つのネットワークに最大64,000個の機器を接続できます。センサネットワークでやりとりされる信号は、温度データやスイッチのオンオフといった小容量データです。信頼性の高い確実な通信が求められるいっぽうで動画などの大容量高速転送は行われません。

図5:SNRとBERの特性比較

図5:SNRとBERの特性比較

<図5>に通信方式ごとのS/N比とBER(Bit Error Rate)の関係を示します。ZigBeeは他の方式と比較して電波状態の悪い低S/N時でもBERの低下が少なく確実性に優れる、つまりロバスト(robust)であることが分かります。ZigBeeは低速通信という割り切った考えを採ったことで、端末の低消費電力化を実現します。具体的にはアルカリ単3電池2本で数ヶ月から2年間の稼動、コスト面でもLSI単価で2ドル程度を目指しています。これは「どこにも・いつでも」のユビキタスのセンサネットワークには極めて重要であり、ZIgBeeが有望視される大きな理由のひとつとなっています。特にホームネットワークやFA/BAなどに好適と言えます。

(注2)802.15.4-2006 IEEE Standard for Information technology― Telecommunications and information exchange between systems― Local and metropolitan area networks

(注3)800MHz帯(868.3MHz)は20kbps、900MHz帯は40kbps 2.4GHzでのチップレートは2Mchips/s

本格的普及に大きな期待

ネットワーク層から上はZigBee固有のプロトコルスタックとしてネットワーク接続やセキュリティなどが規定されています。

Bluetoothなどは民生応用を主眼としているため機器の持つ機能毎にプロファイルが厳格に定められています。これに対してZigBeeではユーザがプロファイルを規定して使用することもできるなど、工業応用のように多種少量の機器でも利用しやすいよう工夫されています。

いっぽう、ZigBeeの規格本体は2004年の末に成立していますが、メーカの異なる機器間の通信や認証に関する規定(Public Profile)など未整備の部分もあります。また、プラットフォーム(ZigBee Compliant Platform)と製品(ZigBee Certified Product)の2種類ある規格認証のうち、初の製品認証がおりたのは2006年の11月のことで、まだ日が経っていません。

各所で実用実験も行われ専用のマイコンや開発キットなども発売されていますが、インフラとしての実用化と本格的普及はこれからです。

参 考 :ZigBee-Alliance-Tutorial(http://www.zigbee.org/)